2026年7月、【飛鳥・藤原の宮都】が世界文化遺産に登録されました。
その中心資産の一つが、明日香村の静かな田園に広がる飛鳥宮跡(あすかきゅうせき)。
ここは、舒明・皇極・斉明・天武・持統と、5人の天皇の宮があった場所であり、古代日本の政治の中心であった場所です。
そして、645年の「乙巳の変(いっしのへん)」が起きた、まさに歴史が動いた場所でもあります。

飛鳥宮跡―4つの宮殿が重なる“歴史の地層”
飛鳥宮跡は、発掘によって時代の異なる4つの宮殿が重なって存在していたことが明らかになっており、2016年に名称が「伝・飛鳥板蓋宮跡(でん・あすかいたぶきのみやあと)」から「飛鳥宮跡」へ改められました。
飛鳥岡本宮(舒明天皇)
最初にこの地に宮が置かれたのは舒明天皇(じょめいてんのう)の時代。
田村皇子と山背大兄王の候補があり、蘇我蝦夷によって田村皇子が擁立され舒明天皇が誕生しました。
飛鳥板蓋宮(皇極天皇)
次に築かれたのが皇極天皇の飛鳥板蓋宮。
中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を討ち(乙巳の変)、日本の政治制度を大きく変える「大化の改新」が始まった地です。
後飛鳥岡本宮(斉明天皇)
政変の後、宮は再び姿を変え、斉明天皇の後飛鳥岡本宮へ。
(斉明天皇は皇極天皇と同一人物、中大兄皇子の母。)
飛鳥浄御原宮(天武・持統天皇)
最後は、天武・持統天皇の飛鳥浄御原宮(あすかのきよみはらのみや、あすかきよみがはらのみや)。
ここで日本初の本格的な律令国家が形づくられ、後の藤原宮・平城宮へと続く“都の設計思想”が生まれました。

見どころ
復元されているのは、石敷広場と大井戸跡、柱位置を示す円柱が並んでいます。
魅力は、なんと言ってもその景色。
広がる石敷と遮るものの少ない空、遠くに見える甘樫丘。
夕暮れ時の景色も素晴らしいです。
万葉歌碑
志貴皇子(しきのみこ)の万葉歌を刻んだ歌碑が建っています。
『婇女乃 袖吹反 明日香風 京都乎遠見 無用尓布久』
(うねめの そでふきかへす あすかかぜ みやこをとほみ いたづらにふく)
訳 : 采女の袖を明日香の風が吹きかえしているよ。いまはもう京も遠くなりむなしく吹くことだなあ。
飛鳥宮跡の場所は?
住所: 奈良県高市郡明日香村岡