世界遺産【飛鳥・藤原の宮都】飛鳥宮跡―4つの宮殿が重なる“歴史の地層”

2026/08/16

飛鳥・藤原 飛鳥宮跡

2026年7月、【飛鳥・藤原の宮都】が世界文化遺産に登録されました。

その中心資産の一つが、明日香村の静かな田園に広がる飛鳥宮跡(あすかきゅうせき)。

ここは、舒明・皇極・斉明・天武・持統と、5人の天皇の宮があった場所であり、古代日本の政治の中心であった場所です。

そして、645年の「乙巳の変(いっしのへん)」が起きた、まさに歴史が動いた場所でもあります。


飛鳥宮跡―4つの宮殿が重なる“歴史の地層”

飛鳥宮跡は、発掘によって時代の異なる4つの宮殿が重なって存在していたことが明らかになっており、2016年に名称が「伝・飛鳥板蓋宮跡(でん・あすかいたぶきのみやあと)」から「飛鳥宮跡」へ改められました。

飛鳥岡本宮(舒明天皇)

最初にこの地に宮が置かれたのは舒明天皇(じょめいてんのう)の時代。

田村皇子と山背大兄王の候補があり、蘇我蝦夷によって田村皇子が擁立され舒明天皇が誕生しました。

飛鳥板蓋宮(皇極天皇)

次に築かれたのが皇極天皇の飛鳥板蓋宮。

中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を討ち(乙巳の変)、日本の政治制度を大きく変える「大化の改新」が始まった地です。

後飛鳥岡本宮(斉明天皇)

政変の後、宮は再び姿を変え、斉明天皇の後飛鳥岡本宮へ。

(斉明天皇は皇極天皇と同一人物、中大兄皇子の母。)

飛鳥浄御原宮(天武・持統天皇)

最後は、天武・持統天皇の飛鳥浄御原宮(あすかのきよみはらのみや、あすかきよみがはらのみや)。

ここで日本初の本格的な律令国家が形づくられ、後の藤原宮・平城宮へと続く“都の設計思想”が生まれました。


見どころ

復元されているのは、石敷広場と大井戸跡、柱位置を示す円柱が並んでいます。

魅力は、なんと言ってもその景色。

広がる石敷と遮るものの少ない空、遠くに見える甘樫丘。

夕暮れ時の景色も素晴らしいです。

万葉歌碑

志貴皇子(しきのみこ)の万葉歌を刻んだ歌碑が建っています。

『婇女乃 袖吹反 明日香風 京都乎遠見 無用尓布久』

(うねめの そでふきかへす あすかかぜ みやこをとほみ いたづらにふく)

訳 : 采女の袖を明日香の風が吹きかえしているよ。いまはもう京も遠くなりむなしく吹くことだなあ。

飛鳥宮跡の場所は?

住所: 奈良県高市郡明日香村岡

QooQ